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平成29年度卒業式式辞(2018年3月17日)
2018年3月17日
本日、石川県立看護大学を卒業される81名の学部生の皆さん、6名の大学院博士前期課程修了の皆さん、2名の博士後期課程修了の皆さん、誠におめでとうございます。本学の教職員一同とともに、心からお祝い申し上げます。また、お忙しいところ駆けつけてくださいました石川県知事をはじめ、ご来賓の皆様、そして石川県公立大学法人の皆様に厚く御礼申し上げます。あわせて、今日の卒業式を迎えるまでの間にいただいたご父兄・ご家族・関係者の皆様のご厚情に心より御礼申し上げます。石川県立看護大学は開学以来18年がたち、卒業生・修了生は皆さんを併せてそれぞれ1317名と122名になりました。
皆さんはこの4年間、大学院生は3年間ないしは2年間、この校舎で学びました。初志を貫徹できたでしょうか?中には事情によりもっと長くこの校舎で学んだかたもおられますね。一人ひとり、反省もあれば喜びもあることと思います。いろいろと迷い、壁にぶつかって立ち直ったあなた、あなたは何よりの生きた勉強をしました。野球で有名なイチロー選手のことばに「壁というのは、できる人にしかやってこない。超えられる可能性がある人にしかやってこない。だから、壁がある時はチャンスだと思っている」とあります。あなたはよく壁を越えて卒業にこぎつけました。ここでの経験を自信に変え、また次なる壁にも挑んで下さい。何事もなくスイスイと卒業まで到達したあなた、あなたの卒業には多くの方の支援があったこと、その方たちへの感謝の気持ちを忘れないようにして下さい。そして、あなたにはこれから壁がやってくるかもしれないと肝に銘じてください。その時にはあなたにチャンスが来たのだと思って果敢にチャレンジしてください。挫折や失敗は人を育てます。挫折や失敗をマイナスに受けとめず、ポジティブに考えましょう。私がイタリアの病院を訪問したとき、ここは「トヨタ流」で仕事をしているときかされました。日本にいながら「トヨタ流の仕事の仕方」を聞いたことがなかった当時の私は驚きました。イタリアでは、日本語の「Kaizen」がそのまま通じることばになっているそうです。改善とは頭を使ってよくすること、それに対し改良とはお金を使ってよくすることと区別し、改良より改善を勧めるのです。調べてみると、5つあるトヨタ流の仕事の仕方のひとつに、1.まずやってみること、2.早めに失敗すること、3.その失敗から改善していくこととありました。看護職は人間が相手の仕事ですから「トヨタ流」がすべての場面で当てはまるわけではありません。しかし、職業人として成長してゆく大事なポイントがそこにはあると思います。いつまでも一歩踏み出せない自分のままで居続けるのではなく、恐れず積極的になって下さい。結果が失敗であっても、改善するチャンスになります。アメリカの第16代大統領のリンカーンは、「待っているだけの人たちにも何かが起こるかもしれないが、それは努力した人の残りものだけである」と述べています。
さて、皆さんが最終学年であった今年度は、若者の活躍が人々に感動を与えました。棋士の藤井聡太さんや平昌オリンピックの選手たちです。共通していると感じたことは「相手を倒すことより自分の限界を乗り越えることを心がけた」ということばと、勝負する相手のことを尊敬し、気遣い、強い相手との切磋琢磨を歓迎する姿勢だったと思います。若者が自分を懸命に語ることばと、成し遂げた超人的とも思える成績や連勝記録が重なって、若者の“挑む心のすばらしさ”や“そのプロセスで自身を成熟させた姿のすがすがしさ”が伝わりました。私は、大人としてさらにはシニアとして、そのような時期が過ぎてしまった自分を残念にも思いました。彼ら彼女らと皆さんは私の中でぴったりと重なりました。同じ力が皆さんにもあるはずだとあらためて振り返り、私たち教職員は皆さんの持つこのような潜在的な若者力に気づいてあげられたであろうか、それを引っ張り出すような機会を作ってあげられたであろうか?と反省しました。ですから、私はこのタイミングで皆さんに語り掛けることができる立場にあることを今年は大変嬉しく思います。本当の競争相手は自分自身です。そして「自分の目標に今挑んでいる」、「自分の限界を乗り越えた」という感覚を、実感を込めて口にできるようになっていただきたいと思います。自分を乗り越えようと挑む、そのプロセスが人格を磨き、自分の内面から語る成熟したコミュニケーションを可能にするのです。皆さんなら挑める、そう信じています。しかし、この作業はそう華々しいものばかりではありません。将棋の羽生善治さんは次のように述べています。「何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。」皆さん、皆さんがこれから取り掛かるのは、多くは地味で当たり前なものばかりです。目標に向かってこつこつと行なう1人作業は並大抵のことでは継続できません。ここでの敵はやはり自分自身です。言い訳、自分への甘やかしは禁物です。才能とは地道な努力であると多くの先人が異口同音に語っています。皆さん、才能を発揮して下さい。大いに期待しています。
さて、今日は農業革命・産業革命に続く革命の真っ只中です。それは、第三次産業革命とも、情報革命とも呼ばれる「デジタル化」です。私が大学を卒業して神経生理学の教室に入った頃、実験室のブラウン管の後を開けると真空管がずらりと並び、先輩が調子の悪くなった箇所を探して修理し、直ると又実験に戻りました。道具作成や修繕の時間のほうが圧倒的に長く、機械の隅々までわかり、その上で研究していました。それから数年経った頃、小さなキャラメルの箱のような物体を手のひらに載せ、あの真空管たちのやっていたことができるオペアンプだと聞かされました。しかし、入力端子と出力端子しかなく、開けることも直すこともできません。壊れたら即交換です。高価だから落とすな、落とすなと何度も注意されました。それが私のデジタル化の原点です。それからわずか50年、キャラメル箱がさらに小さなチップになり、何もかもがデジタル化され、その恩恵にあずかる毎日となっています。同時に様々に社会に影響が及んでいます。医療の世界では、IoT:モノのインターネット により医師と患者の上下関係の解消が実現しそうであるとか、AI:人工知能 によって医師の診断と処方が代替されるのは時間の問題といわれています。それらは医療者としての私たちの関心を大いにひきつけますが、始まったことは元に戻りません。知恵を寄せ集めてシステムを変え、従っていくべきことと思います。看護職は、AIに負けない人間力を培ってそう簡単には負けないようにしておかねばなりません。今皆さんに考えていただきたいのは、このスピードで無制限に情報革命が進むと次なる革命がもう来ない、すなわち今の革命によって人類の存亡が危うくなるのではないかということです。過去の歴史に学べば、人間は自身が制御できないICT機器開発に挑戦しないとも限らず、気づいたときにはもう遅いという事態になるのではないでしょうか。そこで、皆さんにはユーザーに徹するのではなく、ICTの向かう方向性に関心を向けてもらいたいと思います。鉄腕アトムの物語では、ロボット法があり、その第1条には「ロボットは人間を幸せにするために生まれたものである」と決めてあるそうです。バーチャルな世界の話ですが、ほっとします。多くの若者が「楽しい」、「便利」で片時も離さず機器を持ち歩き、時間を消費しています。その時間を少し人類や人類の行く末に考えをめぐらす時間に振り向けてみようではありませんか。現代は、若者が打算を含まないまっすぐな目で世の中を見てくれることが、何より大事な時期なのではないかと思います。目覚めよ、若者たち!と申し上げたいと思います。
今年は大雪に見舞われた冬でしたが、このように暖かくなり、季節の巡りを感じます。石川県立看護大学の広々としたキャンパスと校舎は、どんな季節にも自然と調和して、かほくの小高い場所で安定したたたずまいを見せてくれます。4月から皆さんはそれぞれの次なる道へ踏み出します。このキャンパスで培った様々な能力を社会のために、次なる勉学のために生かしてください。その姿は石川県をはじめとする各地で注目を浴び、後に続く後輩たちの指針となるでしょう。大学の教職員一同、皆さんの未来を楽しみに見守り、応援しております。本日は誠におめでとうございます。
学長 石垣 和子