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平成25年度卒業式式辞(2014年3月15日)

2014年3月15日

 ただ今卒業証書及び学位記を授与された看護学部看護学科卒業生82名、看護学研究科修了生8名の皆さん、おめでとうございます。
 本日ここにご来賓の谷本石川県知事はじめたくさんのご来賓の方々、油野かほく市長、そして列席の教職員一同の前で卒業証書・学位記をお渡しできて大変嬉しく思っております。

 また、これまでの皆さんの勉学や研究の努力に敬意を表し、学士課程、博士前期課程を無事修了されたことに篤くお慶びを申し上げます。

 併せて今日の卒業式を迎えるまでご家族ならびに関係者の皆様からいただいた数々のご支援に対し、大学としてお礼申し上げます。

 まだ歴史の浅い本学ですが、学士課程の修了生は皆さんを含めて963名、博士前期課程は70名になりました。

 さて、これから皆さんはこの大学での学びを携えて社会という大海に漕ぎ出します。ここでの学びの中で耳慣れた少子高齢化社会という社会が皆さんを待っています。

 また、ともにケアする多くの人々との連携や協働が明日から始まります。それにはまず己を知り、次に相手を知り、誰に対しても卑下することも高みに立つことなく接し、謙虚に自分を反省し、生涯学習を忘れず進んでゆくことが大事です。

 少子高齢化と申しましたが、目の前にはそれを離れて1人の患者や支援を求めている人間が存在するのがこれからの皆さんの現実です。 「悲しみの本質と被害の重み」と題した北野武さんの言葉に、“東日本大震災で2万人の方が亡くなったことばかりを強調すると、それをひとつの事件として考えるようになり、一人の死は2万分の一になってしまう、しかし本質はそうではなくて一人が亡くなった事件が2万件あったということだ”という意味を語っているものがあります。まさにそのとおりだと思います。さらに“一個人にとっては他人が何万人死ぬことよりも自分の子供や身内が死ぬ方がずっと辛いし、深い傷になる。残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ”と続け、2万通りの死にはそれぞれ身を引き裂かれる思いをしている人がそのまわりに何人もいて、その数は2万人の何倍もいるということだ、と言っています。いまだに東北の空が悲しみで覆われている状況を本当に的確に表した言葉だと思います。

 これからの皆さんの目の前に存在するのはそのような存在である人間であり、それを取り巻く家族や関係者であります。

 同じ病気、同じ障害、似たような生活習慣病とくくってしまうと一人ひとりの不安や悲しみに鈍感になってしまいます。たった1回の人生を生きる人であり、その周りにはたくさんの身内や関係者が居り、皆が医療職者の一挙手一投足に敏感な目を向けていることを皆さんは忘れないでください。

 一方で、物事に成功するには3つの目が必要といわれています。鳥の目、虫の目、魚の目です。 鳥の目は高いところから俯瞰的に全体像を把握することを指します。研究であれば先行研究を十分知った上で自分の研究の現在地を知っておくことなど、実践では患者の全体像を把握した上での看護計画や地域の特性を踏まえた上での保健福祉事業計画などに該当します。 虫の目は、上から見えなかったことを接近してしっかり見ることです。複眼を用い、近づいて多面的に見ることが大事です。鳥の目では気づかなかった不安の背景、療養へのこだわりなど、個別の事情に応じたケアに結び付けるには必須のものです。 最後の魚の目は、魚が見えない潮の流れを感じ取るように全体がどの方向に流れているのかを読み取ることです。

 日本社会の少子高齢化もこれに多くの場合相当します。他にも大小いろいろな流れがあります。皆さんはこれから日々の実践や研究に加えて、将来的には日本の社会の流れつく先を予測して備えることや、流れの速さを調節すること、流れが置き去りにする課題の発信や解決方法なども考えてみていただきたいと思います。

 皆さんにかかる期待には大きなものがありますが、一人ひとりは自分の心に確かめながら、無理をせず進むことが大切です。それが集積したとき、大きな力になります。初めからすべての期待に応えることはできません。 コリンウッドという哲学者は、「人間は他人の経験を利用するという特殊な能力をもった動物である」と述べています。人間は過去の歴史に学んで過ちを繰り返さないようにしようとします。過去の人の経験を利用して現在を作っているのです。現在の経験、たとえば日本の福島第一原発事故後の現在の苦しみの経験は、後世にとっては学ぶべき利用すべき経験となるでしょう。 私はこれを狭い意味で用いて皆さんにお伝えしたいと思います。皆さんはヒトの経験と接し、相互交流し、ヒトへの理解を深めることを基盤とする仕事に就きます。地道な虫の目の実践経験を10人分すれば、10人分の病体験をさせてもらったことになります。その数だけの病体験を利用することができるのです。1人分ではわからなかったことが10人分、20人分と集まることによって共通性や個別性に気づかされます。気づくスピードの違いはあってもそれがコリンウッドの言う経験を利用する人間なのです。結果としてその人なりの鳥の目が広がり、翻って次の虫の目経験に生かされます。気がつけば周囲の期待以上に働ける自分を発見するでしょう。それもまずは1人目から始まることを忘れないでください。

 最近大学は、地域に開き、学生とともに地域に貢献し、学生の地域からの学びにも繋げることが勧められています。本学は、設立時から地域とともにある事をモットーとし、教育研究に取り入れてまいりましたが、皆さんも石川県内のいろいろな場所、特にかほく市や能登半島の地で学ばせていただいたことを覚えていると思います。

 また被災地でも学ばせていただきました。これらの経験によって、人間、社会、暮らしを知り、また庇護された環境下ではない一般社会での人としての振る舞いの基本を知ったことと思います。このような経験を経ていることを自信にも繋げて実社会で力を発揮し、生涯にわたって羽ばたいてください。

 皆さん方は上級生になるにつれ自分で考える力を身に付け頼もしくなっていきました。後輩たちは皆さんを慕っています。卒業しても在学生との縦のつながりを保ち、キャンパスライフや学びに戸惑っている後輩を見つけたら導いてあげていただきたいと思います。

 博士前期課程の修了生の皆さん、これから専門看護師になる道を歩む人、身に付けた研究能力を実践の場や看護管理者の立場で生かしてゆく人など様々な目的に別れて進むことと思います。皆さんが時間と知力と神経を使った学位論文作成はさぞ大変だったと思いますが、成し遂げた努力と集中力は後々の自信につながります。周囲からの期待に圧倒されることなく己を知り、落ち着いてよく考え、そして母校の図書館も活用して答えを出して下さい。今後も培った底力を発揮するとともに、日本をとび出し、世界へも進出して下さい。

 最後になりますが、卒業生、修了生の皆さんは、このかほくという土地の自然とともに勉強しました。本日は皆様の門出に合わせて大地が、草木が、そして校舎も別れの寂しさと旅立ちへの祝福を表しているようです。この地、この大学をいつまでも忘れず、喜びや悩みを分かち合える場所と心に刻んでおいてください。

 本日の卒業式で一区切りをつけ、新しいスタートラインにつく皆さんを石川県立看護大学はこれからも応援してゆきます。皆さんが、時には母校を訪ね、語らい、生涯の学習の場として石川県立看護大学を積極的に活用していただけるよう願っています。

 そして、本学で身に付けた学識、自分の頭で考える力、貴重な人間関係を大事にし、生涯を通じて学び続け発展して下さい。 この講堂に一堂に会した皆様とともに卒業生、修了生の前途を祝して式辞といたします。

学長 石垣 和子

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