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平成28年度卒業式式辞(2017年3月14日)
2017年3月14日
暖かい日も日増しに増え、近くの山の雪も少なくなりました。本日、90名の学部卒業の皆さん、7名の大学院博士前期課程修了の皆さん、3名の博士後期課程修了の皆さんを送り出す日を迎えました。谷本知事を始め大勢のご来賓の皆さま、そしてご父兄・ご家族・関係者の皆様にはお忙しいところ卒業生・修了生のためにご列席くださいまして誠に有難うございます。今日の日に当たり、教職員一同、卒業生・修了生とのたくさんの思い出を抱え、名残が尽きない気持ちでいっぱいですが、潔く「おめでとう」と送り出す気持ちを整えたところです。
送り出すにあたり、卒業生・修了生が進む日本の医療界では今後大きな変革が予想されていることを2つお話したいと思います。
1つはAIです。AIすなわち人工知能による人間がやっていることのロボット化という技術革新は今後避けられないものと思われます。このことは医療界に限定された話ではありませんが、医療界においても例外ではなく、重大な影響をもたらす可能性があります。AIの発達によって消滅してしまう業務もあるとのこと、大変虚しい気持ちになります。それに対し、AI時代においても必要な業務は次の3つの特徴があるとされています。それは、「相手の意図を汲み取り臨機応変に対応する必要がある業務」、「新たな事業やサービスを企画する必要がある業務」、「他者とコミュニケーションをとりながら進める業務」などです。看護師、保健師の業務はこの3つに該当すると思います。看護を学んできた皆さんですから、学ぶ途中の苦労はあったかもしれませんがすでによく理解していることと思います。文部科学省が示した資料においても、AI時代になっても残る職業として「看護師」は明記されていました。裏を返せば、看護師、保健師の仕事は、AIにさえできない人間味のある仕事であるとも言えます。医療や保健・福祉の世界において、人対人のコミュニケーションは看護師や保健師がいるとうまく行くとか、患者さんへの思いもかけない臨機応変な対応に気がつくのはいつも看護師さんだとか、必要なサービスを生み出し事業を創出するのは保健師に任せようと思ってもらえるようになっていただきたいと思います。それには相当な経験も必要となるでしょう。しかし、そこが皆さんの大事な役割と任じて張り切ることが必要です。付け加えますと、「問題点を発見し、課題を特定する業務」などの高度な知識を必要とするけれども正解のある業務はAIによって淘汰される可能性があるそうです。
2つ目は、右肩上がりに進んできた病院での高度医療がついに立ち止って考えるときがきているということです。背景にあるのは人口問題と、それと無関係ではない社会経済問題です。今後に向けては病床数を減らさなければならない県もあれば増やさなければならない県もあります。石川県は前者で、減らす方です。その結果、病棟の性質が変わったり、病床の組み換えがなされたり、手術後の退院時期が早まったり、そうかと思えば外来が混雑して忙しくなり、また訪問看護でも医療依存度の高い人が増えたりすることが予想されます。まさに皆さんが就職してからの約10年間が正念場になります。現場が混乱しないか、退院する人が途方に暮れていないか、自分たちに足りない技術はないかなどなど、皆さんはアンテナを高くしておかなくてはなりません。どこの県においても同じですが、石川でも、県の医療が上手に変革して着地するには、病む人の身近にいる看護職の観察眼や意見が役立ちます。さらにできればもう一歩進んで社会経済面にも関心を広げていただきたいと思います。人手と予算がたくさんあれば、そして建物や道具がそろっていれば鬼に金棒ですが、ご存知のように医療費の高騰が大きな痛手です。現実と理想のギャップは必ずあります。ギャップを埋めるために苦労と工夫があるのです。目の前でおきていることの後ろにあること、そこまで考えられると建設的な意見が出せるようになります。それが社会人になるということでもあります。単に看護職になるのではなく皆さんには社会人になっていただきたいと願っています。
さて話は変わりますが、私は先日『今日の風はなに色?』という本を手にしました。有名な本ですからすでに読んだ方もおられると思います。生まれつき全盲のピアニストの辻井伸行さんのおかあさまが、自分の子育てについて書かれた本です。「リンゴは赤」「バナナは黄色」と教えていると伸行さんが、「じゃあ今日の風はなに色?」と質問したそうです。ものを見た経験のない、ましてや色を見たこともない幼稚園ほどの年の子が色の概念と向き合えている不思議さと、そのプロセスで風の色を質問するという発想に私ははっとしました。ひるがえって、それを色では表現しないけれど風にも色に通じるような違いがあることに気づかされました。海から吹く風、実った稲を揺らす風、山の頂上に登ると吹いている風、それらをなんと表現すればいいのだろうか。皆さんはどう考えますか?
生後間もない熱病で視覚と聴覚を失ったヘレン・ケラーさんは、「世界で最もすばらしく、最も美しいものは目で見たり、手で触れたりすることはできません。それは心で感じなければならないのです。」という言葉を残しています。辻井伸行さんのお母さんはわが子の質問に、「最初は面白いことを言う子だと思ったけれど、あとからはその心の新鮮さがこの子の財産だと思った」と書いています。ヘレン・ケラーさんの言葉と併せて、核心は「心」なんだということ、その新鮮さが人に感銘を与え動かすのだということを学ぶことができると思います。
最初に戻って風の違いをどのように表現するかを考えるとき、風の違いは思い出と結びついているように思います。誰と一緒にいた、そのときこんな言葉を交わした、こんな服を着ていた、こんなものを食べていたなど・・・やはり風は色でもなく、形でもなく心で感じるものなのかもしれません。五感が通じないところでは心が主役となることを知ったと同時に、五感がはたらいていても心を見失ってはいけないと気づかされました。看護職ではこのような場面は多々あるのではないかと思います。いろいろな見知らぬ人に出会い、心と心を通わせなくてはならない看護職ですから、皆さんはきっとたくさんの心のストーリーをこれから経験することと思います。時々大学に戻ってきてそのストーリーを聞かせていただき、教職員も一緒にストーリーの一部になりたいと思います。
皆さんはこれから大学を卒業したもの、大学院を修了したものとして新たな一歩を踏み出します。特に博士前期課程、後期課程の修了生の皆さんは、高度実践者となるための厳しい実習や、時間と知力と神経を使った学位論文作成などでさぞ大変だったことと思います。しかし、成し遂げた努力と集中力は後々の自信につながります。今はきっと大きな希望を膨らませ、前途洋々な未来を見据えておられることと思います。これから新たに看護職となる学部卒業の皆さん、組織というものは常に新陳代謝を繰り返して存在が成り立っていますから皆さんのきらきらとした目は大歓迎を受けることと思います。それと同時に期待に応える働きを示す重圧もかかってきます。皆さんはとても若い頭を持っています。考えればいくらでもいい知恵が浮かびます。見事重圧を撥ね退けてたくましく伸びて行っていただきたいと思います。
最後に、本日の卒業式・修了式で一区切りをつけ、新しいスタートラインにつく皆さんを石川県立看護大学はこれからも応援してゆきます。皆さんが、時には母校を訪ね、語らい、生涯の学習の場として石川県立看護大学を積極的に活用していただけるよう願っています。この講堂に一同に会した皆様とともに卒業生、修了生の前途を祝して式辞といたします。
学長 石垣 和子